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札幌高等裁判所 昭和56年(う)96号 判決

被告人 葛西進

昭一四・二・一生 会社役員

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人和田壬三、同武田庄吉名義の各控訴趣意書に、これらに対する答弁は検察官寺西賢二名義の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

弁護人和田の控訴趣意第一点及び同武田の控訴趣意について

所論は、要するに、被告人が原判示穴掘りに関与したのは、好意的に短時間手伝つただけであつて、法律上の過失責任を問われる筋合いではないのに、原判決が被告人の重過失を肯認したのは、事実を誤認し、法令の適用を誤つたものである、というのである。

そこで、原判決挙示の関係証拠によると、被告人は、苫小牧市内において土木工事請負業を営み、昭和五四年四月二二日施行の苫小牧市議会議員選挙の立候補予定者長谷川新之助の後援会会員として、同後援会事務所のあつた苫小牧市大成町二丁目一番地所在の空地(中村重信所有。東西五五・一メートル、南北四九・六メートル。以下、「本件空地」という)の東南隅に建てられたプレハブ造り二階建事務所に出入りしていたものであるが、同月五日、同事務所に赴いた際、右空地は処々に雪融け水による水溜りができ、かねて仕事上の付き合いのあつた中原実が同空地に乾いた土を入れるために排水作業(後記第一の(二)の(3))をしているのをかいま見て、同日午後二時三〇分過ぎころから、自らも排水用の溝掘りをしたこと、そのころ右水溜りの水を排水するため、地中に水を浸透させるいわゆる水抜き穴の掘削作業に従事していた掘削機(以下、「ユンボ」という)の運転手佐藤久則がユンボを使つて同事務所西側から西へ一五・二メートル、同空地の南端から北へ一六・五メートルの地点に、縦約二・三メートル、横約一・四メートル、深さ約一・二メートルの穴(以下、「第三の穴」という)を掘つたこと、同日午後四時ころ、付近に住む佐藤友美(当時七歳)及び佐藤海(当時五歳)の姉弟(以下、「児童ら」という)が同穴ででき死しているのが見つかつたことが認められ、以上の事実を動かすにたりる証拠はない。

第一  そこで児童らのでき死が被告人の重過失に因るものであるかどうかを判断する前提として更に事実関係を検討すると、原判決挙示の関係証拠によれば、次の事実が認められ、この事実に反する証拠はない。

(一)  児童らが死亡した場所及びその周囲の状況等について

(1)  児童らが死亡した第三の穴は、平たんな本件空地内にあり、同空地の南側は幅員約二〇メートル(歩車道を含む。以下同じ)の市道(通称「三条通り」)に面し、同市道の南側には郵便局や一般住宅が建ち並び、同空地の西側は幅員約一四・五メートルの市道に面し、同市道の西側にはスーパーマーケツトがあり、同空地の北側は幅員約六メートルの市道に面し、その北側には産婦人科医院やアパートなどの一般住宅が建ち並び、同空地の東側は「三条通り」に面して薬局などの店舗があり、その北寄りの部分は空地である。

(2)  本件空地の周囲には「へい」や「さく」等の設置はなく、人や車両の出入りが自由にできる空地であつて、付近一帯は住宅、商店などが建ち並び、同空地を通行する人もかなりあり、また、商店やスーパーマーケツトの買物客及び後援会事務所に出入りする人の車両の駐車場として同空地が利用されていた。

(3)  長谷川新之助後援会事務所は、プレハブ造りの二階建建物で、本件事故当時、同建物の一階は後援会の事務室として、二階は一部を後援会の休憩室として、他の一部は株式会社みのる石綿(以下、「みのる石綿」という)の仮事務所として使用されていた。

(4)  本件事故当日、本件空地には数日前に降り積つた雪が残つており、右後援会事務所の西側から西へ約一〇メートル、「三条通り」の北端から北へ約一六メートル付近から北側へ向つて雪がかきあつめられてできた高さ約二メートルの雪山が連なり、その雪山を中心に雪融け水による水溜りが広範囲に広がり、その深さは五、六センチメートルに達するところもあつた。

(二)  本件空地の排水作業等について

(1)  「みのる石綿」の代表取締役中原実は、本件空地が雪融け水のためぬかつていたので、かねてより株式会社橋本興業(以下「橋本興業」という)の代表取締役橋本正雄に対し、同空地に土砂を運び入れることを依頼していたところ、事故当日の午前一一時ころ、同市新富町二丁目七の一九所在の「みのる石綿」の事務所兼中原の住宅の新築工事現場(同所は、本件空地から「三条通り」を隔てて南へ約九〇メートルのところにある。)において行われた地鎮祭の終了後、これに出席していた橋本に対して、右新築工事現場の土砂を本件空地の後援会事務所西側に運び入れて敷いてくれと頼み、同人もこれを承諾した。

(2)  中原の依頼を受けた橋本は、右地鎮祭後自社に戻る途中、同人に同行していた同会社の従業員であるユンボの運転手佐藤久則を伴つて本件空地に赴き、同人に対し「そこへ火山灰を坂本に運ばせるから、ユンボを持つて行つて、あとは中原さんに聞いてやつてくれ、水の算段はむこうでする、溝を掘つて横に流すか、穴を掘つて水抜きをするかも知れない。」と指示したうえ、自社に戻り、更に、従業員であるトラツク運転手坂本稔に対し、現場にいる佐藤の指示に従つて本件空地に土砂を運び込むように指示した。

(3)  中原は、同日午前一一時過ぎころ、「ユンボ」を運転して本件空地に到着した佐藤に対し、ユンボで後援会事務所西側付近の雪をかき集めさせたが、同所付近に雪融け水が溜つていたので、土砂を敷く前に溜り水を排水するため、佐藤に指示して、ユンボで、後援会事務所の北西角から西へ約九・二メートル、北へ約四・二メートルの地点に縦約一・二メートル、横約〇・八メートル、深さ約一・三メートルの水抜き穴(以下、「第一の穴」という)を掘らせたうえ、スコツプで穴の周囲に溝をつくり、付近の溜り水が穴に流れ込むようにした。なお、佐藤が右のように雪をかき集めていた際、かき集められてできた雪山で子供らが遊んでいたので、中原は、子供らに「あつちへ行け」と言つて退散させ、その後間もなく中原、佐藤らは、後援会事務所二階の「みのる石綿」の仮事務所で、ともに昼食をとり、同日午後一時ころ、佐藤は、ユンボを運転して新築工事現場へ赴き、同所で坂本の運転するダンプに土砂を積み込む作業に従事し、同日午後二時三〇分過ぎ、ユンボを運転して再び本件空地に戻つて来た。

(三)  被告人が右排水作業に関与するに至つた経緯等について

(1)  被告人は、前記後援会の会員として同年二月以降毎日のように後援会事務所に出入りしていたが、本件事故当日は、前記地鎮祭に出席するため、自宅を午前一〇時ころ出て、一旦、後援会事務所に赴き、午前一一時ころ、地鎮祭に出席し、午前一一時三〇分ころ、再び後援会事務所に戻り、中原、佐藤らの右(二)の(3)の作業をかいま見て、後援会活動のため自動車で樽前に出かけ、午後一時ころ、後援会事務所に戻つてきたが、午後三時から再び後援会活動に出かける予定があつたので、同事務所二階の休憩室で、居合わせた後援会員の原審相被告人坂田文芳(以下、「坂田」という)らと雑談をしていた。

(2)  被告人は、同日午後二時三〇分ころ、二階の休憩室を出て階段を降りる途中、第一の穴周辺の排水が十分でなく、付近に人もいなかつたことから、溝をつけて排水を促進してやろうと考え、後援会事務所で長ぐつを借り付近にあつたスコツプを持つて同穴の付近で溝を掘つたりしているとき、これを見た坂田も、その手伝いをするため、第一の穴の周囲で溝掘りを始めた。

(3)  そのころ、佐藤は、再び本件空地の整地作業に従事するため、新築工事現場を出発し、道路横断のため「三条通り」の手前でユンボを停車させ、左右の車両の流れが切れるのを待つていたところ、右(三)の(2)の溝掘りをしていた被告人がこれを見て、右(二)の(3)の雪集めをしたユンボが再び整地作業に戻つて来たものと考え、その道路横断を手伝うため、通行車両がとだえたのを見はからつて、佐藤に手をあげて横断するよう合図を送つた。佐藤は、これを受けて道路を横断し、後援会事務所の南西角付近にユンボを停車させた。

(4)  被告人は、ユンボ停車付近に水溜りがあつたので、ユンボの運転席にいた佐藤に対し足元を指で指して「そこに水抜き穴を掘つてくれ」という趣旨の合図をした。それを了解した佐藤は、ユンボで、後援会事務所の西側から約一・三メートル、三条通りの北側から北へ約八・一メートルの位置に水抜き穴(以下、「第二の穴」という)を掘り始め、ある程度掘つた段階で、被告人から手を交差させて「もう掘らなくてもよい」という趣旨の合図をされたので、穴の掘削をやめて、ユンボを西側へ約五、六メートル移動させて停車させた。被告人は、第二の穴の周囲にスコツプで溝を掘り始め、傍わらでこれを見ていた坂田も同穴に長ぐつで溝つけを始めた。なお、第二の穴は、縦横約一メートル、深さ約〇・五メートルのものであつた。

(5)  佐藤は、第二の穴付近で溝を掘つていた被告人らに近づき、同人らに「あとどうする」と尋ねたところ、被告人より「水溜りの方をやつた方がよいのでないか」と言われ、当時、雪山の西側付近が広範囲にわたり水溜りがあつたので、そこに水抜き穴を掘るため、ユンボに戻り、雪山の西側付近に移動してユンボで付近の雪をかきあげていた際、被告人から「教えてやつてくれ」と言われた坂田がユンボの付近に来て黙つて見ていたので、佐藤は、坂田から特段の指図を受けなかつたことから、その場所に水抜き穴を掘ればよいと考え、ユンボで第三の穴を掘つたが、同穴は付近の溜り水が流れ込んでたちまちにして水没し、水没した同穴の周縁が付近の水溜りと判別できない状況になつていた。

(6)  被告人は、第二の穴付近で溝掘りをしていたが、第三の穴が掘り終つたころ、そこに来て、水没により同穴の所在がわからなかつたので、「どこに掘つたの」と尋ねながら、手にしていたスコツプ(長さ約九七センチメートル)を水没した穴に入れてみたところ、スコツプの握り部分近くまで没したが、それでも穴の底に届かなかつたため、思わず「深いなあ」、「バリケードでもあればよいなあ」とつぶやいたが、周辺にはバリケードになるようなものがなかつたので、整地作業で残つていると思われた佐藤に対し「水が引いたら埋めてくれよ」と頼み、佐藤から「水はなかなか引かないよ」と言われたが、拒否されなかつたため、被告人は、本件空地を含む一帯の土壌が火山灰の堆積した地層であり、水の浸透性に富み、第一の穴に流れ込んだ水がまもなく引いたことなどもあつて、第三の穴に流れ込んだ水も短時間で引くものと考え、「前の穴はすぐ引いたから大丈夫だ」旨言つて、再び第二の穴に戻り、溝掘りを続けた。被告人と佐藤のやりとりを傍わらで聞いていた坂田は、バリケードに代るものを捜しに後援会事務所へ行き、同事務所西側の壁際に赤色のプラスチツク製ビール箱があつたので、これを利用して、駐車のため本件空地に入つてくる車両の運転手の注意を引く目印にしようと考え、そのうち三箱を手に持つて第三の穴に戻り、これを同穴の北、西、南の三か所(同穴の東側には雪山がある。)に置いた。第二の穴の溝掘りをしていた被告人は、第三の穴の周辺にビール箱を置いたのを見て、近づき、そのうちの一箱を置きなおしたが、依然同穴は水没したままであり、その間、佐藤は同穴の付近に立つて、被告人らの行動を見ていた。

(7)  そうしているところへ、道議会議員選挙の立候補者の宣伝車が後援会事務所に立ち寄つたので、第三の穴付近にいた被告人と坂田は、宣伝車のところへ行き、立候補者と握手をするなどした後、被告人は後援会事務所一階の事務室に戻り、坂田は同事務所二階の「みのる石綿」の仮事務所に入つて中原と雑談をしていたが、同日午後三時ころ、被告人は予定していた後援会活動に出かけるため、坂田に声をかけて同人と共に後援会事務所から出かけ、同所に戻らなかつた。

(8)  佐藤は、被告人と坂田が第三の穴から、右(7)のように立ち去つた後、約五分くらい同穴の付近に残つていたが、その後ユンボを運転して中原の新築工事現場に赴き、土砂を運び出したあとの整地作業に従事したが、作業中、地中の水道管が露出したので、作業をやめて、「みのる石綿」の仮事務所に赴き、その旨中原に報告したところ、同人から「終つてよい」旨言われたので、新築工事現場からユンボを運転して橋本興業に帰つた。

(四)  本件事故の発生について

(1)  児童らの住居は、本件空地から東側へ約三〇〇メートル離れたところにあり、同児らは、遊びに行つた友人宅(本件空地から西へ約三〇〇メートルの地点)から帰宅するため、同日午後三時三〇分過ぎころ同所を出発した。

(2)  同日午後四時ころ、後援会事務所にいた寺林栄作は、第三の穴の周囲に置かれたビール箱を見て、子供が遊びに持ち出し同所に放置したものと思い、これをかたづけるため、第三の穴のところに行つた際、同穴で児童らの死体を発見した。当時、同穴は依然水没したままで、泥水などのため同穴の所在がわからない状況にあつた。

第二  以上の認定事実を前提として、原判決を検討すると、重要な疑問点は、次のとおりである。

(一)  原判決は罪となるべき事実において、被告人は、「同日午後二時三〇分過ぎころ、水溜りの水を排水するため、地中に水を浸透させるいわゆる水抜き穴を掘削することを企て」たと認定判示している。しかしながら、被告人が第二及び第三の穴の掘削に関与するに至つた経緯等については前記第一の(三)のとおりであつて、被告人は、当日午後三時ころ後援会活動に出かける予定があり、その間、時間的余裕があつたので、好意的に、スコツプを取り出し、第一の穴の周辺に溝掘りを始めたものであつて、中原及び橋本興業、ひいては同会社の従業員佐藤らが行う本件空地の整地作業、ことに、その一工程である同人らの排水作業を手伝うとか、それを手助けすることまで意図していたものではなく、また、被告人が「三条通り」をユンボで横断しようとしていた佐藤に手で合図をしたのは、前記第一の(三)の(3)のとおり同人の道路横断を安全にさせるためのものであつて、佐藤をして本件空地に水抜き穴を掘削させる目的で誘導したものとは認められない。もつとも、第二の穴は、被告人が指図して掘らせたものといえるにしても、しかし、第二及び第三の穴はいずれも前記第一の(三)の(4)、(5)のとおり計画的なものでなく、溜り水の状況に応じて思いつくままに掘つたものであつて、被告人が当初から水抜き穴を掘らせる意図であつたことを認めるに足りる証拠はなく、加えて、被告人が中原らから右整地作業ないしは排水作業の手伝を依頼されたとか又はその管理を任せられたことはないことなどをも合わせ考慮すると、被告人は、たまたま第一の穴の排水状況を見て、後援活動に出かける午後三時までの短時間の間、好意的ないしは善意で、自発的に排水のための溝掘りをしたものであつて、被告人が「いわゆる水抜き穴を掘削することを企て」たとは認め難いから、この点で、原判決は事実を誤認したものというべきである。

(二)  更に、原判決は罪となるべき事実において、被告人は、「佐藤久則に指図して」第二の穴を掘らせ、続いて「もう一つの穴を掘ることを指示し、その指示を受けた佐藤において」第三の穴を掘つた旨認定判示しているが、佐藤がユンボで第二及び第三の穴を掘つた経緯については、前記第一の(三)の(4)、(5)のとおりであつて、第二の穴は、被告人の具体的指図に基づき掘られたものといえるにしても、第三の穴については、被告人は何ら具体的、積極的に指図ないし指示をしたことはなく、佐藤から、「あとどうする」と尋ねられた際にも「水溜りの方をやつた方がよいのでないか」と単なる意見を述べたにとどまり、傍わらにいた坂田も何ら指図しなかつたうえに、当時、本件空地には水溜りが数多く残り、乾いた土砂を敷きならすには溜り水を排水するのが先決であり、そのためには水抜き穴を掘るのが効果的であることは、第一及び第二の穴を掘つた経緯及び佐藤が自ら進んで第三の穴を掘つたことなどに照らし、同人もこれを十分承知していたことが認められるから、本件空地の整地作業に当つていた同人としては、被告人らの指図ないし指示がなくても、第三の穴を掘つたであろうことは十分首肯することができるのであつて、佐藤が第二の穴を掘つた直後被告人の単なる意見を聞き直ちに第三の穴を掘つたことをもつて直ちにそれが被告人の指図ないし指示に基づくものと速断することはできないし、その事実を認めるにたりる証拠もない。従つて、原判決が第三の穴を掘ることを被告人が「指示」したと認定した点は、事実を誤認したものというべきである。

(三)  次に、原判決が「当裁判所の判断の理由」の第一の七において「ユンボの運転手佐藤は、第二の穴を掘り終つた後西側へユンボを移動させ、作業は一応終つたものと考え」た旨認定摘示しているが、右認定にそう佐藤の司法警察員に対する昭和五四年四月六日付供述調書の供述記載は、前記第一の(二)のように中原が橋本興業の橋本に対し本件空地の整地作業を依頼し、橋本が佐藤に指示した整地作業の内容、及び本件空地には中原の新築工事現場から運び込まれた土砂が積まれたままであり、いまだ敷きならされていなかつたことなどに照らすと、佐藤が本件空地の整地作業が一応終つたと考えた旨の供述記載はたやすく措信し難く、他にこの事実を認めるに足りる証拠はない。従つて、原判決が第二の穴を掘り終つた佐藤が、「作業を一応終つたものと考え」た旨認定したのは事実を誤認したものといわざるを得ない。

第三  そこで、以上の認定事実に基づき被告人の重過失の有無について検討する。

(一)  原判決は罪となるべき事実において、第三の穴のある空地は、「付近の住民が自由に通行し、あるいは児童らが好んで遊戯するなどし易い場所であり、そのうえ、第三の穴は、水溜りの中に掘つたので、たちまち水の中に没してその存在が全く認識できない状態になり、そのため右の通行人や児童らが誤つて同穴に転落する危険があつたから、このような場合…………佐藤を指示して同穴を掘らせた被告人としては、佐藤と並んで、同穴の周囲に防護柵を設けるかあるいは監督人を置くなどにより、人が同穴に転落するのを防止する措置を講じ、もつて転落による事故の発生を未然に防止すべき注意義務がある」旨認定判示し、被告人の右注意義務を認めるに至つた理由については、原判決が「当裁判所の判断の理由」の項において詳細に説示するところであるが、要するに、佐藤について「自らの判断も働かせて実際に第三の穴を掘り、しかもその危険性を認識していた者として、慣習上あるいは条理上当然当該穴へ人が転落するのを防止するための措置を講ずべき義務がある」と説示したうえ、被告人については「被告人が第三の穴にかかわるに至つたのは…………中原の依頼やその指示によるものではなく、…………工事の注文者請負人としてでもなく、自発的な好意ないしは善意からによるものであり、…………その前提としての注意義務としては法令上あるいは契約上のものとは考えられず、条理上のものが問題になる」として、佐藤が第三の穴を掘るに至る経緯及びその過程における被告人のとつた一連の行動は、「動機は好意あるいは善意によるものとはいえ、被告人は佐藤にもう一つの穴を掘らせる積りで、同人に指示して第三の穴を掘らせたものと認めることができ、佐藤が第三の穴を掘るについて単に助言を与えたというにとどまらず、被告人の指示があればこそ、第三の穴が掘られたものであつて、より積極的で大きな関与をしているといえる。してみると、被告人は、第三の穴の掘削に関して重要な役割を果し、実際同穴を掘つた佐藤と並び評価できる大きな関与をしているのであつて、このような関与をした者としては、たとえその動機が好意であるとしても、条理上、その関与の結果に危険が予想されるときはその危険の発生を未然に防止すべき義務を負うものといわざるを得ない。したがつて、被告人は、自ら指示して掘らせた第三の穴について、実際に同穴を掘つた佐藤と並んで、人がそれに転落するのを防止するために必要な措置を講ずべき注意義務があると認めることができる」と説示し、他方、坂田については「いわば単に被告人の行為を補助する程度の行為をしたと認められるに過ぎない。」として、同人には第三の穴について転落防止のため必要な措置を講ずべき注意義務を負わせることはできないとしている。

(二)  たしかに、前記第一の(一)の本件空地の位置、状況等に徴すると、原判決が摘示するとおり、本件空地は開放された空地であり、付近住民が自由に通行しあるいは子どもらの遊び易い場所であり、前記第一の(三)の(5)のとおり、第三の穴が水没し、付近の水溜りと判別できない状況であり、深さも約一・二メートルあつたのであるから、本件空地を通行する人などが誤つて転落する危険があり、同穴が危険な存在であつたことは明らかである。

(三)  そして、第三の穴を掘つたのは佐藤であるが、同人が排水作業に従事した経緯、内容等に照すと、同人に原判示の過失が認められることは、これを首肯しえないわけではなく、同人がユンボの運転手であることの一事をもつて、その責を免れるものではない。

(四)(1)  第三の穴は、本件空地の整地作業のため、溜り水を排水するための水抜き穴として佐藤が掘つたものであり、右整地作業は、前記第一の(二)のとおり中原の依頼により橋本興業がこれを引受けたものであり、被告人はもとより本件整地作業の契約当事者として関与したものではなく、また中原あるいは橋本興業から整地作業の手伝いないし管理等を依頼されたことはないのであるから、被告人の注意義務は原判決が指摘するとおり法令上あるいは契約上のものとはいえず、専ら条理上の注意義務の有無が問題となるにすぎない。

(2)  被告人が第三の穴にかかわつた経緯、状況等については前記第一の(三)、第二の(二)のとおりであつて、そのかかわり合いの程度は、第二の穴については被告人が指図したといえるにしても、第三の穴に関しては、被告人が指図ないし指示したものではなく、同穴にかかわる被告人の言動は好意的ないし善意に基づく助言の域を出ないものであり、この程度の関与をもつて、佐藤に対し土地掘削という準委任事務を委託したとか、佐藤を履行補助者として自ら排水作業をしたということはできないうえに、被告人は、第三の穴が掘られた際、整地作業で残ると思われた佐藤に「水が引いたら埋めてくれよ」と言つてその事後処理を頼み、坂田と共に同所を立ち去つて戻らなかつたものであるから、自ら第三の穴を掘り右事後処理を拒否しないまま同所に残つていた佐藤と並び評価できる関与であるとは到底認められない。従つてその関与の度合から直ちに被告人が佐藤と同様に原判示の条理上の注意義務があると速断することはできない。もつとも、佐藤の捜査官に対する各供述調書、当審証人佐藤久則の証言(以下、佐藤供述という)によれば、被告人は、佐藤に対し、第三の穴の周辺に「あとでバリケードをする」とか、「明日うちの方で機械をもつてきてならす」などと言つていたというのであるが、被告人及び坂田は、そのことを否定しているうえに、被告人は肩書地で建設業を営んでいるが、同人の当審公判廷における供述によれば、被告人の事務所は本件空地から約一〇キロメートルも離れていて、当時、被告人の会社はダンプやユンボなどの重機類を保有していなかつたというのであり、これらの事情に、被告人が第三の穴にかかわつた前記第一の(三)、第二の(二)の経緯等をも合わせ考慮すると、右の佐藤供述はにわかに措信しがたい。

(3)  また、被告人は、前記第一の(三)の経緯等により第三の穴の状況を認識していたのであるから、同穴に人が転落する危険性があり、かつ、場合によつては重大な結果が発生することは一応予測しうるところであるが、前記第一の(三)の(6)のように本件空地を含む付近の土地は火山灰が堆積してできたものであり、水の浸透性が良く、被告人も職務上これを知つており、現に第一の穴に流れ込んだ溜り水は、第三の穴を掘つた当時、すでに地中に浸透していたことから、第三の穴に流れ込む溜り水も短時間で引くものと考えたこと、当時、本件空地には中原の新築工事現場から運び込まれた土砂が積み上げられ、本件空地の整地作業は完了していなかつたので、被告人は、残つた佐藤が、溜り水を排水した後、整地作業に入るものと思い、第三の穴の事後処理を頼んで同所を立ち去つたが、佐藤はなお同所に残つていたことなどに、整地作業に従事する佐藤が第三の穴に何らの措置もとらずにこれを放置すると予想しうる特段の事情は認められないことなどの具体的諸情況を総合勘案すると、原判決ひいては本件公訴事実に見られるように被告人が結果回避措置をあらかじめ講じておかなければならないような客観的予見可能性はなく、従つて、被告人に児童らが第三の穴に転落してでき死するという具体的結果に対する予見義務を負わせることはできない。

以上のとおり、被告人の第三の穴にかかわつた程度及び予見可能性の点からも、はたまた証拠上からも、被告人に対し原判示の重過失を認めることはできないから、これを肯認した原判決は事実を誤認したものというべく、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであり、その余の控訴趣意に対する判断をするまでもなく、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書を適用して、被告事件につき更に次のとおり判決する。

本件公訴事実の要旨は、「被告人は、苫小牧市大成町二丁目一番地所在の長谷川新之助後援会事務所に、同後援会関係者として出入りしていたものであるが、昭和五四年四月五日午後二時三〇分ころ、同後援会事務所横空地が折からの融雪水により多数の水溜りができていたので、地下浸透用の水抜き穴を掘削して排水しようと坂田文芳と協議したうえ、同所に折から来合わせた掘削機の運転手佐藤久則をして同地内の水溜りの中に、幅約一・四メートル、奥行き約二・四メートル、深さ約一・二メートルの穴を掘削させたが、同所は付近の住民が自由に通行し、また雪山や水溜りがあつて、児童らが好んで遊戯し易い場所であつたうえに、右掘削した穴は、泥水のため水没していて穴の存在が外見では全く認識できない状態にあつて、通行人や児童らが誤つて右の穴に転落する危険があつたから、このような場合、被告人らとしては、直ちに右の穴の周囲に防護柵を設け、危険を示す標識を立てるか監視人をおくなどして右の穴の付近への一般人の立ち入りを防止する措置を講じ、もつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、被告人らは、これを怠り、単に右の穴周辺の水溜りの中にビール入れ箱一個ずつを三か所に被告人らの目印として配置したのみで、何らの防護柵も危険標識も設けず、かつ監視人もおかないまま、漫然放置していた重大な共同の過失により、同日午後四時ころ、同空地を通りかかつた付近の住民で右穴の存在を知らない佐藤友美(当時七年)及び佐藤海(当時五年)を右穴に誤つて転落、水没させ、よつて両名をしてその場ででき死させたものである。」というのであるが、被告人に右重過失を認めるに足りる証拠がないことは先に判断したとおりであつて、本件被告事件は結局犯罪の証明がないことに帰するから、刑事訴訟法四〇四条、三三六条後段により、被告人に対し無罪の言い渡をすることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 金子仙太郎 渡部保夫 仲宗根一郎)

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